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禊ぐ

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秘湯勝手連 »こだわりの温泉考
執筆 : 
hodaka 2004/6/16 0:00
日本人というのは古来より、滝に打たれ、あるいは海や川に身を沈め、その浄水を全身に浴びて身を浄めてきたという希にゆかしい民族である。あのイザナギが黄泉の国から戻ったとき身の穢れを祓ったと言うから、その由来はこの国のかたちができあがる前の伝説時代にさかのぼるらしい。日本人にはそういう「潔」を旨とするDNAが脈々と受け継がれてきたのである。
なのに、ああ! 身に着けた最後のものを脱ぎ払うだにもどかしく、次々と浴槽に飛び込んで来る奴らたち。 自宅風呂が当たり前になったからという風説もあるが、とにもかくにも銭湯、プール、なかんずく温泉では、掛かり湯は正統派秘湯ファンたる資格の第一歩なのだ。もともと温泉浴とは昔から高貴の人たちにとっての禊ぎであり、その原点を忘れてはならない。身も心も浄める儀式なのだ。 温泉ブームを反映してか、今では、どこの旅館も気前よく昼間の立ち寄り湯として開放している。通例、内風呂までは解放しない。露天とか、別棟の湯屋を使わせることが多い。また客の到着する頃までには終了している。それが真っ当な温泉というものだ。 そこで教訓。夕方早くに着いた場合、まずは露天へと急いではいけない。 あの日本人古来のDNAが破壊された連中が、構わずに次から次へと飛び込んでくる。たとえ掛け流し湯の高い滅菌・殺菌効果があろうとも、あの山から下りてきた客の汗や汚れまでもを短時間には消化できない。 それに、連中は、ついでの立ち寄り湯だからあわただしく出入りするので、とても落ち着けたものじゃない。あろうことか、男女の連れなどは互いに出るタイミングをうかがって、仕切り越しにどなりあったりもする。騒然このうえなし。 かくて、その湯の印象記には「いと哀れ」と刻まれる。 秘湯開放の心意気を斟酌し、今回に限り湯の名を伏す温情裁決とする。

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